じつは朝鮮生まれではなかった【朝鮮飴】

2011-01-26

熊本を代表するお菓子が「朝鮮飴」だ。柔らかく、上品な甘さが特徴で、熊本土産として根強い人気を誇っている。朝鮮飴の元祖といわれる園田屋によれば、朝鮮飴は一五〇〇年代後半から製造されていたという。ただし、その頃の名は朝鮮飴ではなく「長生飴」と呼ばれていた。その後、一五九二年に、豊臣秀吉が朝鮮出兵を行なった際に、加藤清正が長生飴を兵糧として持参した。すると、これが予想以上に好評で、長持ちするうえに美味だとして絶賛された。このことがきっかけで、長生飴はいつしか「朝鮮飴」と呼ばれるようになったのである。そのネーミングから、いかにも朝鮮生まれのお菓子のように思える朝鮮飴だが、生まれも育ちもれっきとした日本のお菓子なのだ。やがて朝鮮飴は熊本を代表するお菓子として、全国に広まっていった。歴代藩主の細川家が、毎年幕府への献上品としたことも、その広まりに大きく貢献したといわれる。ただし、江戸時代中期までは藩によって製法が管理され、一般に市販されるようになったのは、それ以降のことだった。このような経緯を持つ朝鮮飴は、もち米、水飴、砂糖を原料に作られる。当初は、黒砂糖と玄米を使用した淡い褐色の黒朝鮮飴だけだったが、やがて、白砂糖を使った白朝鮮飴が登場した。白朝鮮飴のシェアがどんどん伸びていき、現在では白砂糖と精白米が原料の白朝鮮飴が中心となっていて、黒朝鮮飴は、わずかに数軒の店のみで販売されている。

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