ミュージシャンとコピーライターのコラボレーション

2012-02-11

七五年、井上陽水、吉田拓郎、泉谷しげる、小室等ら当時のフォーク界のスターたちがフォーライフレコードを立ち上げ、メジャーから離脱してミュージシャン主体のレコード会社をつくった。テレビを敬遠していた顔ぶれである。CMタイアップ曲「夢一夜」はそんな「フォーライフ」社が出した曲だった。同社の後藤豊社長は、当時の事情を次のように話している。「できあがった映像がとにかく美しくて、これなら使えると思った。今でいうビデオクリップのすぐれた作品の原型かもしれません」「「他人の禅で相撲を取る」じゃないですが、いい絵といい音楽で、何億円単位のスポット広告をばらまいてくれるのです。

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当時はそんな宣伝費はこちらにはなかった」当時から、タイアップソングは広告産業が主導権を取っていた。「10000ボルト」「夢一夜」「時間よ止まれ」をプロデュースしたON・アソシエイツ音楽出版は次のように語っている。「キャンペーンのテーマやそのキャッチコピーが先にあって、それに合わせて曲を作ってもらうというやり方でしたから。イニシアチブは広告サイドが完全に握ってました」「その頃はタイアップというより「コラボレーション」「共作」という関係だったと思います。物理的な意味より、クリエイティブなタイアップでした。昨今、当たり前のタイアップとは質がちがった気がします」「コピーライターの彼らが詞を書いたわけじゃないですけれど、言葉に触発されて生まれた歌とは言えると思います。そういう意味でも共作だった」(『コマーシャル・フォト』二〇〇〇年九月号)後藤社長の言葉にもあるように、当時、レコード会社は単独でテレビCMを買えるほどの広告予算を持っていなかった。一方、七七年の資生堂一社の広告費は約百億円。これはレコード業界全体の宣伝広告予算にほぼ匹敵する(『月刊ペン』八〇年十月号。から引用)。それまで歌番組に出ることしかテレビでの露出を得る手段のなかった音楽業界の立場からすれば、CMタイアップは、歌番組以外に音楽をテレビで流すドアを開いてくれたのである。