二十二世紀のニュータウン像

2011-01-28

千葉ニュータウン所在都市の東京区部への通勤依存率は街びらき(1970年)より1980年代にいたる間、明らかに上昇しベッドタウン化が急速に進行した。しかしながら、その後の多機能複合化の進展に伴い東京区部への通勤依存率は、一進一退で推移し今日上げ止まりの値を示し均衡状態にある。千葉ニュータウン内通勤率は、一時下降するものの区部依存の増加率を上回る傾向を示し、1980年代後半には増加に反転し、区部依存を和らげつつある。こうした傾向と共に、人々の日常的な生活圏は、概ね約30分圏、空間的な広がりは、概ね10km圏域内にあることが明らかとなった。つまり、千葉ニュータウンの周辺13都市との通勤結合は、徐々にではあるが増加傾向にあり、ニュータウンを核として全方向に渡る結合を高めつつある。同時に、この圏域は、既成の圏域を包含する重層的な構造で、就業の場を相補い合う関係をつくっている。更に、通勤活動以外の通学、買い物、業務活動等においても、同様の傾向が見られ圏域内で相補完しあう「連携補完圏」が萌芽しつつある。このような傾向は、当初想定した「相互依存型」への道程を歩みつつある査証といえる。

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千葉ニュータウン印西牧の原WONDER GREEN PROJECT