大分県の土産物として知られているのが、豊後銘菓「やせうま」だ。きな粉と水飴、砂糖を練ったものを求肥(もち米で作る餅の一種)で包んだお菓子で、食べやすいように楊枝が刺してある。昭和二十六年の創業以来、やせうまの製造を手がけ、「豊後方言銘菓やせうま」の商標を持つ田口菓子舗によれば、やせうまは大分県のある郷土料理をもとに創作されたという。大分県では、昔から小麦粉を練り長く伸ばして「きしめん」のようにした麺を湯がいて、きな粉と砂糖をまぶした郷土料理が作られていた。お盆などのお供え物にも利用されたこの郷土料理は、「やせうま」と呼ばれていた。この伝統ある料理の味をそのままイメージして創作されたのが、お菓子のやせうまだ。シンプルに考えれば、郷土料理のやせうまが、素材の外側にきな粉をまぶしているのに対して、お菓子のやせうまは、素材の内側にきな粉をまぶしていると見ることもできる。郷土料理の味を手軽にどこでも味わえる、いわば「手土産版やせうま」として創作されたお菓子のやせうまは、もとになった郷土料理をしのぐほど有名になり、今では大分県を代表する銘菓に成長したのである。それにしても、「やせうま」というユニークな名前は、どこからきたのだろうか。「やせうま」といっても「やせた馬」とは関係ない。平安時代に、この地には「八瀬」という名の乳母が住んでいた。彼女は、藤原鶴清麿という幼君に仕えていたが、あるとき、おやつをせがまれて、小麦粉をこねて長く伸ばしてゆで、きな粉をまぶしてあげたところ、幼君はこれをとても気に入ったという。そして、それからはしばしば「八瀬、うま(いもの)!」とおやつをせがむようになったのだ。この「八瀬、うま(いもの)!」が、そのうちに「やせうま」となり、いつの頃からか八瀬が作ったといわれるおやつに似た郷土料理を、やせうまと呼ぶようになったとされるのである。「やせうま」の語源には、いにしえの乳母と幼君のほほえましいエピソードが隠されていたのである。
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