プレタポルテの時代がもたらしたモデルの進化

2011-05-17

プレタポルテの時代に入るとシーズンごとにショーが大型化し、スペクタクルなものへと変わっていったことは前にもふれました。そうなると従来クチュールサロンで優雅にウォーキングしていたモデルとは当然ながら別の資質が求められてくるんです。大きなステージで見栄えを良くするために、まずモデル達の平均身長がどんどん高くなっていったこと。70年代において170センチちょっとくらいが普通だったモデルの身長は、80年代になると、178センチ程度が望ましいという状況になっていました。それからモデル達の表現能力の違いです。映画『ファニーフェイス』のなかでオードリー・ヘップバーンが登場する本屋のシーンでトップモデル役の女性がカメラに向かってするポーズ。あれが後の“ヴォーギング”というダンススタイルの原点なんですが、クチュール時代のマヌカンポーズの典型です。ちなみにモデル役を演じているのは、その当時トップマヌカンであったドヴィーマという本物のモデルです。そんな気取ったポーズのウォーキングはプレタポルテ全盛期には過去の遺物になってしまったわけです。そこに出てきたのが、前にもふれた山口小夜子のような新しいスタイルのステージ表現。彼女の動きを“静”の代表とするならば、“動”の代表格はパットークリーヴランドというモデルでしょう。何しろ一回のステージをウォーキングするのに、軸足をずらさずに12回も華麗にターンを切る人ですから。小夜子もパットも決して大柄なモデルじゃない、通常のモデルに混じると小柄なタイプです。でも彼女がステージに出て歩きだした瞬間、ショー空間すべてを自分の世界として独占していく。僕にモデルという存在をデザイナーと同様、クリエイターとして認知させてくれたのは間違いなく彼女達です。