「八月第二日曜日」多久神社(峰山町丹波)例祭では、丹波の芝むくり(府登録文化財)が行われます。締太鼓を腹に付けた太鼓打ちの囃子に合わせて、猿役の二人が棒を振ったり、連続回転技を見せたりします。その時に出す掛け声にちなんで、「ちゃあ」とも呼ばれています。愛宕神社(峰山町五箇)祭礼で舞われる五箇の三番叟は、各所で伝承される三番叟と同じ形態を持ちますが、舞い手が化粧をし、囃子に拍子木が加わるなど、歌舞伎色の強いものです。文化・文政の面が残っています。「十月第二目曜日」神谷太刀宮祭は神谷神社(久美浜町)の例祭です。当日は神社に五基の太鼓台(神輿)が集結。神輿を持ち上げたりと、迫力ある勇壮な技が披露された後、町内を練り込みます。金刀比羅神社(峰山町泉)屋台は、神社の大祭に合わせて各区の屋台、神楽などが町内を巡行します。近年では、巡行二目目の目曜目に、各団体が御旅市場前の小西川沿いに集まり、芸能が披露されます。京丹後市の網野銚子山古墳、神明山古墳とともに、日本海三大古墳として知られています。作山古墳(明石)(国指定史跡)は、三十メートルクラスの五基の古墳があり、その形は前方後円墳、円墳、方墳とバラエティーに富んでいます。葺石・埴輪を持ち、言万墳には副室付の組合式石棺があります。築造時期は前期(四世紀)末から中期鴫谷東一号墳(五世紀)前半にかけてとみられます。温江丸山古墳(1江)は、直径六十五メートル。楕円形の前期(四世紀ごろ)の古墳で、昭和三十年代に破壊されました。調査の結果、竪穴式石室内に石棺が納められていたとみられ、三角縁神獣鏡が一面、大型の方格規矩変形獣文鏡が一面出土しています。倭文神社古墳群(河内)は、野田川西岸の丘陵上に築かれた四基からなる直径三十メートルクラスの円墳で、葺石や埴輪はありません。中期(五世紀ごろ)の古墳。鴫谷東古墳(温江)(府指定史跡)は、直径七十メートル。丹後でも最大級の円墳で、葺石や埴輪が大変よく遺存しています。円筒・朝顔形・盾形・短甲形の埴輪の他に、埴輪列の中に木柱が規則的に立っていました。中期(五世紀)前半の古墳です。
[観光案内]
夕日ヶ浦温泉「坂本屋瑠璃亭」